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土には知性もある

みどりの食料システム戦略の実践レポート vol.46

2025年5月 業務執行理事 南埜 幸信

最近本屋さんにちらっと立ち寄ってみたら、ベストセラーの棚に、珍しく土をテーマにした本があり、思わず買ってみた。森林総合研究所の主任研究員である藤井一至先生が書かれた、『土と生命の46億年史 ~土と進化の謎に迫る~』 講談社 という書籍である。こんな地味な本がベストセラー?思わず興味本位で買ってみたら、本当に売れている理由がよく分かった。難しい地味なテーマが、わかりやすく、面白く、しかも、丁寧に親切に学術的に書かれていて、素晴らしい著書に出会ったと感激している。科学の理論を難しく解説する専門書はたくさんあるが、それこそ一部の研究者や専門家などには評価されても、なかなか一般の方には理解しえない書物が多い中、土のことを知りたい、土の本質を知りたい。そして、土と地球の生命の歴史を重ねて繋いでいきたいという方には、絶好の書物だと思う。

このなかで特に面白いタイトルがあった。「土には知性もある」という項である。以前このコラムで、土は天文学的な微生物や小動物の集まりで、それが複雑な生命系のシステムとして動き、それはまさしく土は生きているという表現にふさわしい活動をしているということはお話をさせていただいた。さらに藤井先生は、知性もあるということだ。

工学の分野では、環境や自己の変化を検知し、最適な反応をする素材として、インテリジェント材料(インテリジェントは「知的な」の意味)の開発が進んでいる。インテリジェント材料とは、子供の成長に合わせて育つ歯(インプラント)のように、自ら感じて、考えて、働いてくれる道具のことだ。土は気候や植生によって、粘土や微生物の種類や量は異なるが、微生物は他の微生物や土と相互作用をしながら、物質を循環し作物を生み出す。土は知性を持つかのように振る舞う、究極のインテリジェント材料である。

実際土の機能は、人間の脳や人工知能の自己学習機能と似ている。知性の源であるヒトの大脳は100億個以上の神経細胞がそれぞれ数万個のシナプスでつながることでネットワークを形成し、協同することで思考が可能になる。大さじ一杯の土に住む100億個の細菌もまた住みかと資源(エサ)を共有し、相互作用をすることで、有機物分解を通した物質循環、食料生産が可能になる。大脳を司る100億個の神経細胞の相互作用と、大さじ一杯の土の100億個の細菌の相互作用。多様な細胞があたかも知性を持つように臨機応変に機能する超高度な知性は、脳と土以外にないということである。

落ち葉を溶かす段階と、溶けた成分を二酸化炭素にする二段階だけだとしても、100億個×100億個=100億の二乗通りの細菌の組み合わせがある。かび、キノコも含めると選択肢はさらに広がる。微生物が環境条件や有機物の状態に応じて、そのつど選択肢(酵素)から最適なものが選択され、その結果として二酸化炭素と腐植が生み出される。土に住む100億個の細菌のもたらす多様性は、冗長で無駄が多そうだが、誰かが欠けても他の誰かが補完する(相補性)。選手層の厚みとチームワークが土の微生物の持つ超多様性とネットワークの価値である。

人工知能とは違い、土には柔軟性もある。ルール変更が無いことを前提としている人工知能は機能不全に陥るが、ヒトの脳には時折ミスはつきまとうものの、ルール変更には柔軟に対応できる。膨大な生命を抱える土では、長い歴史の中で進化というルール違反がしばしば発生する。根と微生物の共生、リグニンに富む樹木の出現、キノコの登場、病原菌の変化、それらのルール変更に翻弄されながらも、土壌動物や微生物は多様な戦略を試行錯誤し、適応してきた。粘土や団粒構造の自己再生機能に加え、「知性」と代謝(物質循環)機能を持ち、進化もする。土はその総体としてみたときに、生命の要件すら満たし、人工知能よりも脳に近い機能を果たしていた。土には最古にして最先端の知能がある。藤井先生の結論である。

さらに先生は、岩石から植物、ミミズ、カブトムシの幼虫、恐竜がいかに土を作り上げ、ヒトはいかに土を耕し、さらには土を作ろうと試行錯誤していくのか。大さじ一杯の土に住む100億個の微生物の織り成すプロセスを、100億個の大脳の神経細胞や人工知能のネットワークで考え、21世紀半ばには到達するといわれる100億人で試行錯誤する。多様なメンバー、冗長な機能を含むネットワークが、肥沃な土壌を耕すことは、5億年の歴史が証明している。100億個の微生物、100億人のヒトを重荷にするのか、分厚い選手層とするのかは、ミミズや植物の根だけでなく、ホモサピエンス(知恵ある人)を名乗る私たちの手にもかかっているのである。

次号に続く

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