
東京の品川区のオーガニック給食への取り組みに波紋
みどりの食料システム戦略の実践レポート vol.36
2025年4月 業務執行理事 南埜 幸信
東京都・品川区が教育改革の一環として「オーガニック給食」を打ち出した。区内の小中学校等46校において、学校給食のすべての野菜をオーガニック(有機野菜に加え特別栽培農産物)に2025年10月から転換するという発表がなされた。区長がこの発表をしたとたんに農業関係者も含めて、各方面から批判が噴出している。歴史が後戻りしたような議論にいまさらと驚きを禁じ得ない。
この発表は、特に農業関係者にとってインパクトのあるものであり、すでにSNS等で賛否両論が噴出している。有機農産物とは本来的には「有機JAS」という認証をとった農地で栽培される農産物のことだが、今回のオーガニック食材には厳密な基準ではなく、農薬・化学肥料50%減以上の特別栽培農産物も含まれるようだ。このあたりは多くの学校給食のオーガニック化の取り組みの内容をみていくと本当にこの基準でオーガニック給食と呼んでいいのか、有機認証制度の始まる前の表示に法的な基準と認証制度のないカオスの時代を遡ってみるようで、まずは残念なのだが・・・。
この発表だけを見れば「子どもたちにとって安心安全な食材が提供されるのは素晴らしいこと」と思う方もいるかもしれないが、しかし多くの食農関係者はこの政策の実効性や有効性に疑問を持っているというという波紋である。
近年、農林水産省は「みどりの食料システム戦略」を推進し、環境負荷の低減や食料自給率の向上を目指して有機農業の拡大を奨励している。この戦略の一環として全国の自治体も「オーガニックビレッジ」宣言を行い、有機農業を推進する地域として認定されることで国からの補助金を得ることができる。そして多くの自治体が地域のオーガニック農産物の出口として必ずといっていいほど取り上げているのが、地域の学校給食をオーガニック化するという取り組みである。
品川区の「オーガニック給食」もこのような流れの中にあるといっていいと思われる。ただし、そのほとんどが食材を部分的に取り入れているという内容なので、今回の品川区の「野菜全量を有機もしくは特別栽培」とするのはかなりのインパクトがあるのだ。近い前例としては同じく東京都の武蔵野市が「安全性を重視して食材を厳選しています」として以下の方針を掲げている。
- 有機栽培、特別栽培の農産物
- 食品添加物を使用していない調味料等
- 遺伝子組み換えの原材料を不使用のもの
- 季節感のある旬の食材
この品川区の学校給食のオーガニック化については農林水産省も推進しており、供給元であろう市場も近くにあって、しかも給食費は利用者負担なしの無償(予算としては1食あたり12円プラス、全体で2800万ほどの予算増とのこと)ということで、世論的には歓迎されてもよさそうな案件なのだが、SNSをざっと見ると報道に対して批判的なコメントが多くみられる。
➀ 費用対効果:一般食材に比べて高額なオーガニック食材を使用するため、役所が試算する1食12円プラスするだけで実現可能なのかという懸念。また品質のバラツキや病害虫の混入への対応など給食を作る現場への負担が増えることへ懸念。
② 栄養価と安全性:オーガニック食材が一般食材より栄養価や安全性が高いという根拠が示されていない。教育現場に取り入れることで、「一般の農産物は安全ではない」という印象を生みだしてしまうオーガニック信仰とも取れる風潮に対しての批判。
③ 供給体制:品川区の全ての小中学校に安定的にオーガニック食材を供給できるのか、調達先の確保や物流面での課題、天候不順などによる不作の場合代替食材を確保できるのか、といった懸念。
などが噴出している。特に私が今更と驚いたのはオーガニック食材が栄養価や安全性が高いことを証明するエビデンスがないのに、そこに自治体として公金で高い費用をかける公的な理由があるのかという議論である。
確かにオーガニック運動の初期のころ(今から約60年前)には、残留農薬の危険性が叫ばれ、我が子と家庭の健康を守るという観点から、消費者運動が始まった。私自身も一般市場にオーガニックを広げるためにスーパーの店頭に立って、家族の健康を守るために、農薬を使用していないオーガニックをどうぞと勧めるプロモーションを展開した。ところがスーパーの店員さんやスタッフの方々からすごい反感を買ったのだ。自分たちの野菜は安全で、他の一般の野菜が危険というのは店としては受け入れられない。オーガニックも一般野菜も私たちがお客様にお勧めする野菜には違いない。善悪二元論はやめてもらいたい。それではオーガニックは敵ばかりつくり、広がらないよという意見であった。
そのような逆風のなかで、何とか軋轢を避けながら進んでいくところに、ヨーロッパから来た志向。地球環境を守り、生物多様性を守り、持続的な農業を実現するためにオーガニックがある。農薬の害を一番受けているのは、生態系の中の多くの多様で貴重な生命たちなのだ。この考え方に納得いただけたところから、オーガニックは次の発展のステージに入ったのである。農薬のリスクだけではない。人類の生命の維持のために欠かせない食料を持続的に永続的に供給することを可能にする農業を支援するために、オーガニックを購入し利用していくという運動である。学校や病院などの公共機関が率先してオーガニックを利用していくこと。ここに予算をかける意味があるということである。
人間にとって食べ物が安全かどうかという問題だけではないのである。オーガニックのものを購入することで、オーガニックの生産者を支援していくという社会の意思にかかるコストがオーガニック給食であるとぜひご理解いただきたいものである。
次号に続く