
有機農業の育土(土づくり)の基本の入り口とは
みどりの食料システム戦略の実践レポート vol.41
2025年6月 業務執行理事 南埜 幸信
有機農業の基本理念を考えてきたところで、これからはかなり現場の具体的な取り組みについて話を進めていきたい。ここで、お願いしたいのは、農業とか土づくりとかいうと、農家の世界のものと自分の生活と切り離して考えてしまうことが往々にしてあるが、農家であろうが家庭菜園であろうが、有機農業としての本質的な取り組みは全く同じだということである。むしろこの土が育っていく感覚はぜひすべての人に実感として感じてほしいところだ。
人として生まれてきて、家庭をもって我が子に愛情をもって育てていくことで子供の成長から与えられる人生の喜びのように、土を生きている存在として愛情をもって育てていくことによって土がすごいスピードで育っていき成長していく喜びとして実感いただきたいのだ。これこそが有機農業の醍醐味と感じてほしいところである。そしてここで、「土づくり」ではなく、あえて「育土」としたのは、土は人間の手では作れないものであるから、土づくりというのは本来の有機農業の本質からは全く逸脱した表現であることは理解いただけると思う。むしろ、生きている土を育んでいくことが、有機農業の本質と言える。従って育土と表現することが、まさしく理念に合っていると感じている。しかし、現代の農学は、土づくりと表現してしまうので、多くの方々に有機農業の本質をまず理解していただくために、実は方便として「土づくり」と言ってきたことを理解していただきたい。
そして本論に入ると、土をすくすく育てるためにまず第一に取り組むこと、それは土壌のクリーニングの取り組みである。過去に使ってきた化学肥料の残渣や農薬の残渣を、できるだけ早く土の中から追い出し、除去していくという掃除である。人間の健康管理でいえば、「宿便を取る」ということになる。人間も体質転換して健康体にという取り組みは、まずは過去の生物的なゴミというか、生態的な汚れというか、いわゆる宿便を取ることから指導されるというのは万国共通の取組ではないかと思っている。生物的にきれいなものを入れることはもちろん、しかし過去の汚物が残っていては何にもならない。従ってまず掃除からということになる。そのための技術としては大きく二つの方法。一つは新陳代謝機能が人間でいうと老廃物を尿にして排泄する腎臓機能が大切なポイントだが、土も同じく、水の排泄代謝という土の腎臓機能をまず高めることが大切である。この土の腎臓排泄機能こそ、土の中の水の縦方向の動きであり、これを一番阻害している過去の化学肥料がもたらした硬い耕盤をプラウ(鋤)やサブソイラ(心土破砕機)等で物理的な粉砕をし、加えて耕盤破壊の能力の高い緑肥作物、たとえばピジョンピー(キマメ:マメ科)やヘアリーベッチ(ナヨクサフジ:マメ科)などの植物をあくまで土づくりのためだけで集中的に栽培し、そして残留肥料を吸収する力が強い、いわゆるクリーニングクロップと言われる、掃除の上手な植物を積極的に導入していく取り組みである。最初の導入時にこれをしっかり取り組んでおくと、本当に土は喜んでスクスクと育ってくれる。反対にこれをそのままにしていては、いかに良質な堆肥を入れたとしても、生命活動の本質的なところを阻害するともいえるものを身体の内部に抱えたままの生命力ということであり、それはいつまでたっても、土が本来の生命力を発揮できるかわからないまま、ズルズルいくということになる。言い方を変えれば、対処療法ではなく、本質的な体質改善は、土のクリーニングからである。60年くらい前、日本で有機農業の取り組みが心ある先駆者たちの手によって暗中模索状態で始まったころ、有機農業で土づくりに取り組んだ場合に必ずといっていいように、3~4年目で減収の壁が出てくるといわれていた。ちょうど、たとえは適切でないかもしれないが、麻薬常習者が麻薬を止めたあとの禁断症状のようなことが土でも起こっていた。この壁は、私たちが様々な試行錯誤を通してこの有機農業の取り組みの第一歩は土のクリーニングだと気が付き、土の断面調査や土壌分析などを続けることで、そのクリーニング方法についても、具体的な発見を重ねていくことで実は解消されてきたのである。最近では、有機農業に切り替えてた場合には、中途の減収には遭わずに、そのままスクスクと土が育っていくという基本の取り組みが完成してきたと考えている。「臭いにおいは元から断たなきゃだめ」ということである。
そしてもう一つの柱が、土壌の団粒化の取り組みである。これは柔らかく、温かく、水持ちよく水はけのよい土に育てていく取り組みである。土がこのような状態になると根もすくすくと育ち活動しやすい環境となり生きた根が活発に土中に張り巡らされるようになり、それは前稿までにも触れてきたように、根圏微生物の活性が高い土になり、ますます免疫力あふれる植物を育て、同時にたくさんの養分を保持できる力をつけていくことそのもののプロセスである。そしてこの団粒化の主役は堆肥であり、粗大有機物の供給としての緑肥栽培の組み入れである。特に肥料養分にこだわった堆肥ではなく、土壌団粒化の重要な原料になる、植物繊維などの粗大有機物である。養分というよりは、土壌の物理性や生物性改善のための重要成分である。堆肥の「肥」にこだわるのではなく、「堆」にこだわれということである。これが自然界では土1㎝創るのに約100年かかるというその本質である。
次号に続く