根圏微生物が植物を病気から守っている
みどりの食料システム戦略の実践レポート vol.66
2025年12月 業務執行理事 南埜 幸信
39話で詳しくお話をさせていただいたように、オーガニックの理念である「土が生きている」という考え方は、まさしくこの根の表面から約5mmの範囲にある、いわゆる根圏といわれる特別な生命環境に現れている。天文学的な数の微生物がこの生活圏で生きた根と共生し、様々な相互共生(代謝・呼吸)により、お互いの生命を維持成長させていくという、生命の本質の営みがある。この生活圏において、植物の根は、自身の生命活動に必要な微生物を育て、その活動を促進させるために、微生物のエサとなるような様々な物質を供給している。また、この微生物との共生関係は、単なる微生物のエサというだけではなく、植物の免疫活性にも役立っている。
実はこの根圏に住む、天文学的な数の微生物が、土壌病原菌から植物を守っているのだ。根圏微生物の土壌病原菌に対する抑制作用には、特定の根圏微生物が特定の病原菌を抑制する特異的な抑制作用と、根圏微生物の全体的な増殖に伴い、病原菌の必要な養分や生育場所が制限されて、病原菌が死滅する一般的な抑制作用(菌による生態バリアのようなもの)とがある。
たとえばトウモロコシの根腐病菌は、根圏微生物の共存しない条件では、甚大な根腐病を引き起こす。しかし、根圏微生物の共存下では、トウモロコシは健全に生育し、根腐病菌は有るけど、植物は発病しないということである。
根圏微生物を養うために、根から分泌される分泌物による病原菌の発芽、生育の促進は、必ずしも作物根への感染を助長するものではない。すなわち、根の分泌物は、病原菌と同時に、多くの根圏微生物の生育をも活発にする。病原菌が根に感染するためには、これらの多数の根圏微生物との競合に対抗し増殖しなければならず、さらには作物側の抵抗機構に打ち勝った病原菌だけが初めて作物根内に感染できるからである。
この生物の全体調和のなかでの生命の活動伸長と成長には、益虫も害虫もない、病原菌も善玉菌もない。人間が自分の物差しだけで、善悪を規定し、悪がいるからと、善まで含めて、土壌消毒や農薬で土の中の微生物や生き物を丸殺しする今の農業技術は、いかにも間違った反自然的な技術であると反省したいところなのである。
おもしろいことに、この根圏微生物の複雑な機構を逆に利用した、オーガニックにぴったりな技術がある。「おとり作物」の導入である。たとえばアブラナ科作物の根こぶ病対策として、緑肥でエン麦を使うやり方である。エン麦(品種ヘイオーツ)などの根分泌物は、この根こぶ病の病原菌の土壌中の休眠胞子を発芽させるが、この病原菌に対してエン麦自体は抵抗性を持っているため、エン麦の根分泌物によって発芽した病原菌は、世に誕生したものの、根への感染には失敗し、生きていく場を失い、土壌中の腐生菌のために死滅してしまい、結果としては密度を下げることになるという、ある意味、人間から見れば防除に成功するというメカニズムだ。
つくづく自然界のメカニズムはおもしろい。浅はかな人間の知恵では、到底設計できない、まさしく古来から日本人が信じてきたように、自然界はすべてに神秘で厳粛な神宿る世界そのものである。
次号に続く
